SDHF Newsletter No. 14: 「つくる会」韓国大統領に4項目質問書送付
 「新しい歴史教科書をつくる会」(会長:藤岡信勝)は、6月22日付けで韓国の李明博大統領に、「友好親善に反する内政干渉は止めるべきである」として4項目の質問書を送付した。
 これは、4月9日付けで出された韓国政府スポークスマン声明声明が「つくる会歴史教科書」(自由社発行)が文科省検定に合格したことに対して、「歪曲」「誤った歴史認識」などという不当な批判をした上、根本的な是正を促していることに抗議し、何が歪曲しているのかを具体的に指摘するよう迫ったものである。
 「史実を世界に発信する会」は、こうした韓国政府の内政干渉的な圧力によって歴史事実が歪曲されるようなことがあってはならないと考えるものである。世界の人々にこのことを知らせるためにわれわれのサイトに掲載し、下記の内容のNewsletter を世界のマスコミ、学者、政治家に発信した。
4項目質問書日本語版は、http://www.tsukurukai.com/01_top_news/file_news/news_256.htm
をご覧ください。

「史実を世界に発信する会」事務局長:茂木

    Questions to the President of Korea from a Japanese Citizen’s Group

In response to the Korean “Spokesman’s Statement” which protests the Japanese government
authorization of a middle school history textbook, the Japanese Society for History Textbook
Reform submitted questions to President of Korea on June 22nd, 2009, as below;

http://www.sdh-fact.com/CL02_3/21_S1.pdf

Since we are concerned with historical truth and accuracy, we cannot tolerate the Korean government’s intrusive demand for revision of Japanese textbook contents. It is quite reasonable that the Society asks, in their questions to the Korean government, to point out specifically which portions of the textbook are “misguided” or “distorted”.

We eagerly await the Korean President’s response, requested to appear no later than
June 30, 2009.

Any questions are welcome.

Sincerely,

MOTEKI Hiromichi
Deputy Chairman and Secretary General
Society for the Dissemination of Historical Fact
| 事務局より | 12:30 | - | -
何故胡錦濤主席は南京虐殺についての公開質問状に答えられないのか
The Asianists' ASIA
Volume V (Paris) Autumn 2008
ISSN 1298-0358
An on-line academic journal for Asianophone countries Edited by T. Wignesan
Discussion, Letters & Opinion Page
The Nanking Controversy 1937-38: Why People's Republic of China President cannot respond to Open Questions concerning the Nanking Massacre. by Moteki, Hiromichi,
Deputy Chairman and Secretary General,
Society for the Dissemination of Historical Fact, Japan

The Asianists’ ASIA誌に掲載された論文の日本語原稿

何故胡錦濤主席は南京虐殺についての公開質問状に答えられないのか
茂木弘道
「史実を世界に発信する会」事務局長

1937年12月13日、日本軍は中華民国の首都南京を陥落させた。日本軍が南京占領に際して暴虐を行為を行い、30万人の軍民を虐殺した、という非難が戦後になって東京裁判、南京地方検察局などにより行われ、中国政府は現在もその主張を頑強に保持している。一昨年南京事件70周年事業として「南京大屠殺記念館」の改修工事を行い、旧来のものを3倍に拡大した記念館において、この30万人説を大々的にデモンストレーションしているのである。

しかしながら、これは全くの虚構であることが今や明らかとなってきている。そもそも、中国国民党政府は国際連盟において日本の侵略非難の決議案を出そうとしたことはあるが、南京虐殺を非難する正式の声明を出したこともなければ、いわんや南京虐殺非難決議案を出したこともないのである。そればかりではない。国民党国際宣伝部は、南京戦を挟む約1年間に漢口(南京から避難した)において、外国人記者を主たる対象とした記者会見を300回も開いているのであるが、ここでただの一度も南京で「市民殺害があった」だとか「捕虜の不法殺害が行われた」だとか言う発表を行っていないのである。世紀の大虐殺が首都で行われているのをそこからそう遠くはない漢口で全く知らなかった、知っていたが発表しなかった、などという事は考えられないことである。記者会見は、当然のことながら日本軍の悪行を誇大に宣伝して欧米の同情を集めることが目的なのだから、どうみてもおかしい。

こんな荒唐無稽なことを今でもなお情報独占完全統制の共産党中国は主張し続けている。しかし、今やその破綻が決定的になってきた。

2007年4月に温家宝首相が、2008年5月には胡錦濤主席が、日本を訪問した。有識者で組織された「南京事件の真実を検証する会」(会長:加瀬英明)は、温家宝、胡錦濤に対して南京事件についての公開質問状を訪問時に提出した。胡錦濤に出したものが次ページ以下に掲載されているものである。質問項目は5点であるが、いずれも些細な問題ではなく、基本的な重要問題である。これに対して、胡錦濤主席からは(温家宝首相も同じ)何らの回答も寄せられていない。無視ということであろうが、こちらは丁重な手紙を送っているのに対して、極めて無礼なことである。しかし、答えられないというのが本当のと
ころであろう。巨大なニセ展示物は作れても、肝心の史実については、これを説明する能力がないのだ。それは、公開質問状を読めばおのずから明らかなことと思うが、以下それぞれの項目について若干の説明をくわえることとしたい。

1、 毛沢東は生涯一度も「南京虐殺」を言わなかった
 
「マオ」(ユン・チアン、ジョン・ハリディ著、日本語版−講談社)は、「毛沢東が長い人生で一度も言わなかったことがある―南京大虐殺だ」と非難している。事実、毛沢東は南京戦について『持久戦論』の中で、「日本軍は包囲は多いが殲滅が少ない」という適切な批判をしているが、虐殺などというありもしないことは言わなかった。それだけである。南京虐殺を主張するあるアメリカの学者に、胡錦濤に代わってこれに答えられるか聞いたところ、「毛沢東は国民党関係の兵士市民がたくさん死ぬことを望んでいたからだ」と答えた。当時は既に国共合作が成立していて、周恩来は宣伝の副責任者を務めていた、と指摘したところ、今度は「毛沢東はcruelだからだ」という「珍回答」をする有様であった。周恩来も南京虐殺などという事は言っていないのである。胡錦濤が答えようがないのはよくわかる。

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胡錦濤国家主席閣下への公開質問状

このたび中華人民共和国国家主席胡錦濤閣下のご訪日に当たって、日中両国の友好を願う者として心より歓迎申し上げます。

さて、われわれは1937年12月に行なわれた日中南京戦に伴って起こったとされる所謂南京事件を検証すべく、研究して参りましたものです。貴国のこの事件に対する見解とその取り扱いにつき、深刻な憂慮を感じております。昨年南京屠殺記念館が大規模に拡張改装されましたが、一方で友好を唱えながらこのような非友好的なことを平然と行なう貴国に対して強い不信の念を感じざるを得ません。そもそも南京で大虐殺があったという論拠は最近の研究によって根本的に否定されつつあります。以下重要な5つのポイントについて閣下のご見解を伺いたく、謹んでご質問申し上げます。

一、 故毛沢東党主席は生涯にただの一度も、「南京虐殺」ということに言及されませんでした。毛先生が南京戦に触れているのは、南京戦の半年後に延安で講義され、そして『持久戦論』としてまとめられた本の中で「日本軍は、包囲は多いが殲滅が少ない」という批判のみです。30万市民虐殺などといういわば世紀のホロコーストとも言うべき事件が本当に起こったとすれば、毛先生が一言もこれに触れないというのは、極めて不自然で不可解なことと思います。閣下はこの事実について、どのようにお考えになられますか?
二、 南京戦直前の1937年11月に、国共合作下の国民党は中央宣伝部に国際宣伝処を設置しました。国際宣伝処の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』によりますと、南京戦を挟む1937年12月1日から38年10月24日までの間に、国際宣伝処は漢口において300回の記者会見を行い、参加した外国人記者・外国公館職員は平均35名と記録されています。しかし、この300回の記者会見において、ただの一度として「南京で市民虐殺があった」「捕虜の不法殺害があった」と述べていないという事実について閣下はどのようにお考えになられますか。もし本当に大虐殺が行なわれたとしたら、極めて不自然で不可解なことではないでしょうか?
三、 南京安全区に集中した南京市民の面倒を見た国際委員会の活動記録が『Documents of the Nanking Safety Zone』として、国民政府国際問題研究所の監修により、1939年に上海の英国系出版社から刊行されています。それによりますと、南京の人口は日本軍占領直前20万人、その後ずっと20万人、占領1ヵ月後の1月には25万人と記録されています。この記録からすると30万虐殺など、到底ありえないとしか考えられませんが、閣下はいかがお考えでしょうか?
四、 さらに『Documents of the Nanking Safety Zone』には、日本軍の非行として訴えられたものが詳細に列記されておりますが、殺人はあわせて26件、しかも目撃されたものは1件のみです。その1件は合法殺害と注記されています。この記録と30万虐殺という貴国の主張とは、到底両立し得ないと考えますが、閣下はいかが思われますか?
五、 南京虐殺の「証拠」であるとする写真が南京の屠殺記念館を始め、多くの展示館、書籍などに掲載されています。しかし、その後の科学的な研究 (『南京事件の「証拠写真」を検証する』(東中野他・草思社)など) によって、ただの1点も南京虐殺を証明する写真は存在しないことが明らかとなっております。もし、虐殺を証明する写真が存在しているのでしたら、是非ご提示いただきたいと思います。そのうえで検証させていただきたいと思います。

以上述べました5つの点は南京で大虐殺があったなどということを根本的に否定しているものとわれわれは考えざるを得ません。上記5つの点につきまして、閣下のご見解を承ることができれば幸いです。この問題は多くの日中国民の関心事と考えますので、公開質問状として提出させていただきます。子子孫孫までの日中友好を願うものとして、閣下のご高配を、衷心から期待しております。

平成20年5月5日

南京事件の真実を検証する会委員一同

(会長)加瀬英明 (事務局長)藤岡信勝 (監事)冨沢繁信 茂木弘道
(委員)阿羅健一 上杉千年 小林太巌 杉原誠四郎 すぎやまこういち 
高池勝彦 高山正之 西村幸祐 花岡信昭 東中野修道 溝口郁夫 宮崎正弘

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2、300回の記者会見で一度も南京虐殺を言わなかった

 東中野修道亜細亜大教授は、2005年に台北の国民党党史館において国民党国際宣伝処の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』を発見した。教授は、この一級資料を基に『南京事件―国民党極秘文書から読み解く』と言う本を書いた。(英訳版:Top-secret Chinese Nationalist Documents Reveal the Truth about Nanking Incident: http://www.sdh-fact.com/CL02_1/27_S4.pdf

この極秘文書に国際宣伝処が漢口において1937年12月1日から38年10月24日までの11ヶ月間に300回の記者会見を外国人記者などを招いて行なったことが詳しく書かれている。ところが、既に述べたようにここでただの一度も南京虐殺の発表を行っていないという事実である。中国国民党=中国政府は自分の口からは当時一度も南京虐殺などということを言ってもいないし、従って南京虐殺非難を行っていないという事実である。この事実を突きつけられた胡錦濤がその理由を答えられないのは当然だろう。

われわれが、南京虐殺など存在しなかったということを根拠を示して説明しても、それにまともに反論するのではなく、「お前は Holocaust denierだ!」というレッテルで非難する人が多い。しかし、事実が示しているのは Holocaust denierは、毛沢東と当時の中国国民党であるということである。『マオ』の著者と同じように、毛沢東をこそ非難しなければならなくなるのでが、しかし南京虐殺など存在しなかったのだから、その非難も見当はずれとなるのである。

3、 南京の人口は占領後減少しないばかりか1ヵ月後に増加した

 Documents for the Nanking Safety Zone という、南京安全区国際委員会の活動記録をまとめた本がある。上海のKelly & Walsh 社から1939年に出版された本であるが、この監修者は国民政府国際問題研究所となっている。南京市民は唐生智防衛司令官の命令により全員安全区に避難していたが、この市民の面倒を見ていたのが、アメリカ人、ドイツ人など15名が組織した国際委員会である。したがって、当時の南京市民の状況を誰よりも把握できる立場にあったのが国際委員会である。

この文書によると、南京の人口は陥落する直前に20万であったのが、12月17日、18日、21日、27日に20万と記録されていて、12月中に顕著な人口減、30万は愚か、万単位の人口減など全くなかったことが分かる。しかも、1月14日には25万と人口増加が記録されているのである。南京市民の面倒を市政府に代わって見ていた委員会の記録なので、限りなく実態に近い数字と見ることができる。この記録だけで30万虐殺説は100%否定されることになる。

4、 殺害記録は26件のみ、うち目撃は1件のみ

 Documents of the Nanking Safety Zone には、市民から訴えられた日本軍の非行が詳細に記録されている。そこに殺害は26件記録されている。しかし、目撃のあったものは内1件だけである。しかも、逃げ出した兵士が撃たれたもので、合法的な殺害と注記されている。すなわち、目撃された違法殺害はセロというのが、この文書が示すところである。国際委員会は市民の訴えを事実を確認することなしにそのまま記録したので、正確性には欠ける。25件についても死体の確認があるのは3件のみ。従って、残り22件は単なる風聞の可能性もある。

なお、南京の面積はマンハッタンより狭く、安全区はセントラルパークほどの広さである。ここに20万人が集中していた。殺害などが40万の目から見逃される可能性はほとんどないのである。上記の殺害記録と、3、で述べた人口減が全く記録されていないこととは、よく符合している。胡錦濤が30万虐殺を説明できないことは当然のことなのである。

5.虐殺を証明する写真はただの一枚もない

 アイリス・チャンのThe Rape of Nanking をはじめとする南京大虐殺を主張する本や、「南京大屠殺記念館」には、虐殺の証拠写真と称するものが大量に掲載されている。しかしながら、今ではこのうちただの一枚として、南京の虐殺を証明する写真がないことが科学的に証明されている。これは、『南京事件の「証拠写真」を検証する』(東中野修道他共著、草思社、東京、2005年)(英文版:Analyzing the Photographic Evidence of the Nanking Massacre:http://www.sdh-fact.com/CL02_1/26_S4.pdf に詳しく述べられている。ほとんどの写真は、国民党宣伝部が製作した戦争プロパガンダ本である『日寇暴行実録』『外人目撃中の日軍暴行』に掲載された、捏造写真、偽キャプションのものである。よく掲載される日本刀で首を切ろうとしている写真は、周りの人物の影の方向が一つでないことから合成写真であることが明らかである。更に言えば、こんな写真は日本軍自身か、日本軍の許可を受けたものでなければ撮ることはできないが、そんなことを日本軍が行う理由もなければ、又日本でこんな写真は見つかっていなし。要するに偽造の宣伝写真であるということである。詳しくは上記の本を読んでいただきたい。また、その概要はわれわれのサイトの There Is Not a Single “Real Photograph” Documenting the Nanking Incident: http://www.sdh-fact.com/CL02_1/42_S4.pdf に解説されている。

なお、公開質問状では、もしこのほかに南京虐殺を証明する写真があると言うなら、是非提出してほしい、科学的な検討にかけたい、といっているが、当然のことながらこれ以上ニセ写真を出してその正体が明かされるようなことを胡錦濤がするはずがない。

このように、基本的なところで、南京大虐殺なる事件が成り立ち得ないことを、この公開質問状は証明している。幾ら、ニセ写真だとか、もっともらしい証言だとかをでっち上げてみても、それらは、Documents of the Nanking Safety Zone という、当時の一次資料と矛盾してしまわざるを得ない。大量虐殺が起り、しかも人口が減らないで増える、などという事はありえない奇跡である。プロパガンダの世界でのみ起りうることである。
| 事務局より | 17:00 | comments(0) | trackbacks(0)
SDHF Newsletter No. 13: 胡錦濤主席は何故公開質問状に答えられないのか?
 映画「ジョン・ラーベ」に続いて「南京!南京!」(監督:陸川)が封切られています。どちらも全く
架空の映画としか言いようがありません。なぜなら、どちらも南京大虐殺が「あった」と言う前提に
立ってつくられているものですが、その前提は既に歴史資料によって完全に覆されているからです。
 南京事件についての決着は基本的にはついていますが、それを決定的にしたものが、「南京事
件の真実を検証する会」(代表:加瀬英明)が、2008年5月に胡錦濤主席に提出した「公開
質問状」です。事件の根幹を成す5つのポイントに対して、全く答えられないということが明らかと
なったのです。しかも、このことは日英中3ヶ国語でウエッブを通じて全世界に公開されております。
これを見た「The Asianists' Asia]誌(パリで発行)から会に打診があり「何故質問状に答えられ
ないのか」という論文を提出したところ、最近同誌に掲載されました。
 この論文は、このほど「史実を世界に発信する会」のサイトにも掲載され、下記の通り世界の
マスコミ、学者、政治家などに向けて発信されました。
日本語原文は、追って本ブログに掲載します。        「発信する会」事務局長 茂木 

"Why P.R.C. President Cannot Respond to Open Questions"

Following the film “John Rabe,” another Nanking related film titled “Nanking! Nanking!” (by Lu Chuan) has been released.

It is strange that these films still assume that the so called “Nanking Massacre” actually occurred, even though it has been completely refuted by historical evidence. Everyone will understand this by the fact that P.R.C. President Hu Jintao cannot respond to the Open Questions concerning the “Nanking Massacre” submitted to him by a Japanese research group.

An Essay “Why PRC President Cannot Respond to Open Questions” was published in “The Asianists’ Asia, Vol. V” (Edited by Dr. T. Wignesan) (on-line version;
http://www.stateless.freehosting.net/AsianistsAsiaVol5(2008).htm).

Now, with an approval of “The Asianists’ Asia,” this is uploaded in our site:
http://www.sdh-fact.com/CL02_1/62_S4.pdf

Any questions are welcome.

Sincerely,

MOTEKI Hiromichi
Deputy Chairman and Secretary General
Society for the Dissemination of Historical Fact
| 事務局より | 16:56 | comments(0) | trackbacks(0)
映画「ジョン・ラーベ」の正体
映画「ジョン・ラーベ」の正体
「史実を世界に発信する会」事務局長 茂木弘道

 独・仏・中合作の映画「ジョン・ラーベ」(フローリアン・ガレンベルガー監督)が完成し、去る4月2日ドイツで封切られた。4月の28日には中国でも上映された。相当な制作費をかけた作品のようであるが、これをノンフィクション映画と見たらとんでもない間違いである。それは、この映画のエンディングの字幕「30万の中国人が虐殺された。今日も日本の右翼勢力は事実を認めていない」が象徴的に示している。その詳しい説明は後に行なうが、何よりもラーベは『ラーベ日記』の中で実はたったの一件も自分で殺人を見たと書いていないのである。それが、何と30万人虐殺の断定に至ってしまうのである。最初から予断による結論ありき、ということであり事実をベースとしたストーリーならこんなことはありえないはずである。ノンフィクションでないばかりか、芸術的なフィクションでもなく、はっきり言って「宣伝映画」と言ったほうが実態に近いであろう。

何故ラーベが安全区の委員長に選ばれたのか?
 ジョン・ラーベは日本軍の南京攻略が迫った1937年11月に在南京外国人15人(米人7人、英人4人、独人3人、デンマーク人1人)で組織された南京安全区国際委員会の委員長であった。南京の一角に中立地帯を作ってそこに市民を収容して、市民が戦渦に巻き込まれるのを防ごうという趣旨で安全区は作られた。3.86平方キロと、ニューヨークのセントラルパークほどの広さで、境界の目印はあったが、鉄条網もないものであった。日本軍は、これを中立地帯と正式に認めてほしいという国際委員会の要望に対して、安全区が防壁もなく、兵士の侵入を防ぐ手立てを持っていないために、正式にはこれを認められないと回答した。但しそれを尊重するという態度であった。
 実際に日本軍が南京を占領した時にこの安全区には制服を脱ぎ捨てた大量の兵士が潜入しており、大量の武器弾薬が隠されていることを発見する。そればかりではなく、高射砲など戦闘施設がこの安全区には設置されており、とても中立地帯の条件を満たしていないことが明らかになるのである。
 それはともかく、南京市内に残された20万の市民は、この狭い安全区に集合させられた。12月8日には唐生智防衛軍司令官によって「全ての非戦闘員は国際委員会管理下の安全地帯に集結しなければならない」という命令が発せられた。特別許可証のない限り、非戦闘員の安全地帯外での移動は一切禁止された。12月3日に逃亡してしまった馬南京市長(食料ほかを委員会にあずけた)に依頼されてその20万人市民の面倒を見たのが国際委員会である。発足時の委員の大部分はアメリカ人、イギリス人なのだが、何故ドイツ人ラーベが委員長に選ばれたのかを知っておくことは当時の状況を理解する上で極めて大事である。

ドイツ軍事顧問団
 日本とドイツが三国同盟を結んでいたので、日本との関係を考慮してドイツ人のラーベが委員長に選ばれたのだろうと推測する人が多いようだが、これは全く見当はずれである。たしかに、1936年11月に「日独防共協定」が締結されている(その後イタリアも加盟)。しかし、これを後の三国同盟(1939年9月締結)と混同してはいけない。あくまでもコミンテルンの世界共産主義運動に対抗するための防共協定であり、ドイツは中国にもこれに加盟させようと工作をしていた。日本がこの協定によって国策を縛られていなかったことは、1938年12月6日に「ユダヤ人対策要綱」を採択し「ユダヤ人差別せず」を正式な国策としたことを見ても分かることである。
 一方ドイツは中国に対しては深くコミットしていたのだ。1928年以来軍事顧問団を中国に派遣していたが、1934年には元参謀総長のゼークト将軍が4人目の顧問団長に就任し、国民政府軍の近代化を推進した。これを引き継いだのが、ファルケンハウゼン将軍であり、近代化された60個師団編成を目標に掲げると主に、上海周辺のトーチカ網構築を指導した。この主目的は対日戦であり、1936年10月1日には漢口と上海の日本軍攻撃計画を蒋介石に進言したのである。1937年の春には、上海攻撃案として改めて提出した。
 軍事顧問団は国民政府軍の近代化の指導に止どまっていたわけではない。ドイツ製武器の売り込みはいうに及ばず、ドイツの重化学工業製品の売り込みにもかかわっていた。これはドイツ産業連盟がらみで行われるようになり、重化学工業育成支援にまで及んだ。中国はドイツの大のお得意先となっていたのである。ドイツ最大電気メーカのジーメンスもその中心企業であった。ジーメンス南京支社長であり、中国滞在の長かったラーベが委員長に選ばれたのは、蒋介石政権と軍事経済面で深く結ばれていたためなのである。

安全区で何が起ったのか?
 12月13日、南京は陥落し日本軍の一部が入城する。南京防衛軍が撤退した南京に入城した日本軍は静寂の支配する街に出会い戸惑った。住民が見当たらないのである。その理由はすぐに判明する。住民はことごとく、市内の一角(市の8分の1ほどの面積)の安全区に集中していたからである。従って、南京市内に日本軍はなだれ込み、人と見れば殺害し、死体と血の海の市街となった、などと「東京裁判」で描かれているのは全くのデタラメである。
 国際委員会は、進駐してきた日本軍宛に12月14日付の手紙「南京日本軍司令官への手紙」をラーベ委員長名で提出しているが、そこには「私どもは貴砲兵部隊が安全地帯に砲撃を加えなかった立派なやり方に感謝し、安全地帯の中国人一般市民の保護に関する今後の方策について貴下との接触を確立するために、この手紙を書いております。」(注1)と記されている。
 ではその後、安全区では何が起ったのだろうか?殺人の狂乱が起こったのだろうか?
 国際委員会は、日本軍に対して様々な要求とともに、日本軍が起こしたとみなす不法行為を住民の申告をもとにタイプアップして、ほとんど毎日のようにこれを英文文書で日本軍に提出した。そのコピーを主体に、いわば国際委員会の2ヶ月にわたる活動記録が『南京安全区の記録』(Documents of the Nanking Safety Zone) としてまとめられ、1939年に上海のKelly & Walsh 社から出版されている。重慶政府の国際問題委員会(The Council of International Affairs, Chungking)の監修の下、外務省の顧問である徐淑希(Shuhsi Hsü)が編纂したものである。従って、国民政府としては自分に都合がよいと考えて発行させたものということになる。逆に言えば、日本側にとってはかなり不利なバイアスがかかっている内容、と考えてよいだろう。
 さて、Documents (以下Documentsと略)に掲載されている不法行為と称するものは、どのくらいかというと全体で、517件とかなり多い。しかし、このうち夜間に起った107件は、とても日本軍兵士によるものとは考えられない。というのは、電気が止まった南京の夜は漆黒の闇で、「夜の間は獣兵(注:日本兵のこと)は難民区の内外を問わず、活動する勇気がなく、−−−このときが、(難民の)活動の機会になった」(「南京陥落の悲劇」)と安全区に潜入していた将校である郭岐が後に手記で発表しているように、日本軍兵士は危険極まりない夜間に外出して非行を働くことなどできなかったのである。
 また、517件のうち誰かが目撃したと記録されているのは、5%強の30件のみである。如何に伝聞・風聞を集めた不法行為リストかが分かる。殺人は合計で26件掲載されているが、これも伝聞であって、目撃のあるものは1件のみ。しかもこれは、潜伏兵がばれて逃げ出したのが撃たれたもので、委員会自身「合法的」と注記している。そうすると、不法殺害の目撃は「ゼロ」ということになるのである。殺人の狂乱どころではない。セントラルパークの広さのところに20万人がひしめいていた。40万の目があったはずであるが、それが目撃した不法殺害ゼロ、というのがこのDocuments の示すところである。(注2)
  
人口は20万から25万に増加
 Documentsでは、人口についてはどのように記録されているだろうか。
 日本軍の攻撃が迫りつつあることを知った南京の人々は、脱出を始めた。政府自身が南京を撤退することが発表され、馬市長も12月3日には南京を去った。かつては100万を数えた南京の人口は、王固磐警察長官の発表によると12月初めには20万に減少していた。国際委員会は食料供給などの活動をこの20万という数字をベースに行っている。Documents には、12月中はずっと20万という数字が記録されている。(17日、18日、21日、27日)。1月14日には、これが25万となりその後これが続く。
 すなわち、国際委員会のメンバーは、南京陥落によって安全区の人口が減少した、という認識を全く持っていなかったということである。王固磐長官の20万というのは、混乱時であるから、正確な統計とは言えないが、ベスト・ポッシブル・エスティメイトであろう。そして、国際委員会は12月中にはそこから大きな変化は生じていないと考えていた、ということである。安全区以外にも人がいたかもしれないではないか、という人があるかもしれないが、それは全く特殊な限られたケースだけである。Documents の9号文書(国際委員会から日本大使館への12月17日付けの手紙)で次のように言っている。「貴国部隊が本市に入城した13日、私どもは市民のほぼ全員を安全地帯という一地区に集合させていたーーー」(注3)がその何よりの証拠であり、又入城した日本軍兵士の証言とこれは完全に符合している。(因みにアイリス・チャンは『ザ・レイプ・オブ南京』と言う本で、安全区の外に30万−40万の市民がいたと仮想して、虐殺されるべき30万−40万人を「創造」している。そうする以外には30万虐殺は成り立ち得ないのである。虐殺を5万、10万としても同じくその人口を「創造」しないと成り立たない。こんなインチキがまかり通るのは全く不思議である。)
 1月になって、国際委員会が人口を25万に上方修正しているのは、一つは、年末に日本軍が行った住民登録、すなわち出頭した住民に「良民証」を発行したことによる。16万の登録があったが、10歳以下の子供と老婆を除いているので、それを加えると25万くらいになるとの計算である。もうひとつは、南京から疎開した住民が帰ってくるケースが見られ、増えつつあるとの感触であろう。殺人が横行しているところに帰ってくる馬鹿はいないので、安全になった証拠でもある。

反日のナチス党員ラーベのウソ
 以上国際委員会の公式文書とでもいうべき Documents が示す南京の2ヶ月に比べて、ラーベはどんな描き方をしているのだろうか?
 たとえば、陥落後の13日に市内を回ってたくさんの市民の死体を見た、と日記に書いている。しかし、市民は安全区に避難していて、外の街路に市民の死体がごろごろ転がっているはずがない。死体は、それまで戦っていた兵士のものでしかありえないのに、このような日本軍のせいにする書き方をしている。
 その彼でさえ、さすがに市民が実際に殺害される場面には遭遇しなかったので、それを見たとまでは日記には書いてない。
 ところがヒットラー宛の上申書では、とんでもないことを言っている。いくつか例を挙げよう。
 「元兵士の疑いをかけられ、何千もの人が、機関銃或いは手榴弾で殺されました」
 「ガソリンをかけられ生きながら火をかけられた」
 さらに、Documents では人口は増えたと記録され、又彼自身でたった一件もあの狭い安全区で殺害を目撃していないにも拘らず、「中国側の申し立てによりますと10万人の民間人が殺されたとのことですが、これはいくらか多すぎるのではないでしょうか。われわれ外国人はおよそ5万から6万と見ています。」というに至るのである。これをウソつきといわずどこにウソつきが、と言いたくなるようなひどい話である。
 更に中立地帯を管理する責任者であるはずのラーベは、12月12日夜、逃亡してきた龍大佐と周大佐をかくまっている。もう一人空軍将校汪漢萬を匿っていたことも日記に出てくる。要するに中立を装いながら完全な裏切り行為を行っていたと言うことである。
 これが、人道主義者、南京のシンドラーなるラーベの正体である。親中であるとともに極めて反日的あったのは、日本を主敵として先制攻撃計画を蒋介石に提案していた、ファルケンハウゼンらの仲間であるから当然のことである。おまけに日本人に妙な優越感を抱いていたらしい。「私の場合、たいていは「ドイツ人だぞ!」或いは「ヒットラー!」と叫ぶだけでよかった。すると日本兵はおとなしくなるからだ。」などと日記に書いているのはその一端である。日本兵がドイツ語を理解するはずはないし、又日本人は人種差別主義者ラーベが考えるほどドイツ人に引け目など感じてはいなかった。
 前にも述べたように、ドイツと防共協定は結んでいたが、「ユダヤ人差別せず」と言う明確な国策を1938年の12月6日に五相会議で決定している。この方針があったからこそ、杉原千畝は命のビザを発給して、5千人のユダヤ人を救ったのである。また満州国境オトポールでは大量のユダヤ難民をハルピン特務機関長樋口季一郎少将は救っている。ハルピンで開かれた極東ユダヤ人大会を、樋口少将が支援している。(注4)

歴史偽造の時代ではない!
 どうもナチス原罪に悩むドイツ人は、日本をナチス以下の戦争犯罪者であると貶めることによって、自己救済を図りたいようである。かつて日本攻撃プランを作ってやった盟友中国を、再びこの日本貶め計画の盟友に引き入れようというのが、「南京虐殺30万」を謳うプロパガンダ映画「ジョン・ラーベ」作成の真意なのかもしれない。
 しかし、それはむなしい試みである。もともとがウソの記述に満ちているラーベの日記や上申書を元に更に予断によっておかしな日本軍像を描き出した映画に宣伝物以上の価値はない。しかも極め付きは、ラーベが委員長を務めていた「南京安全区国際委員会」の公式文書Documents of the Nanking Safety Zone では、南京の人口が増加したことを明確に記録しているのに30万虐殺!とはウソも限度を越えている。
 30万虐殺に加えて「日本の右翼勢力は事実を認めていない」と書いている。しかし、これ右翼と言えば世界中から指弾されることを知っているものの常套手段である。事実に基づき、「Documents of the Nanking Safety Zone はこんなことは事実として書いてはいない」と書き換えなければならない。
更に、ナチスのユダヤ人虐殺と対照的に、当時の日本は「ユダヤ人対策要綱」という国策で「ユダヤ人差別せず」と言う方針を採用し、大量のユダヤ人を救済した。その日本に向かって、ナチス以下だなどというのはたわごとも過ぎる。
 ナチスがやったように又共産中国がやっているように、「焚書」によってDocumentsを抹殺するか、ウソも100回言い続ければ本当になると言った宣伝マンの言葉を実行するか、それ以外にウソによる歴史の偽造は不可能であろう。今の世界でもそんなことが可能であると考えているとしたら、哀れを催すしかない。しかし、絶対にそれを許すことはできない。

(注1)Documents of the Nanking Safety Zone, p. 1.

(注2)Documents の詳しい分析は「原典による南京の解明」(冨澤繁信)を参照のこと。
  “Using Primary Sources to Clarify the Nanking Incident” (Tomisawa Shigenobu) (http://www.sdh-fact.com/CL02_1/57_S4.pdf)

(注3)Documents, p. 14 – 15.

(注4)この件については、『ユダヤ難民を救った日本』(上杉千年)を参照のこと。
  Japan That Helped the Jewish Refugees, Uesugi Chitose
http://www.sdh-fact.com/CL02_1/25_S2.pdf

| 事務局より | 13:44 | comments(0) | trackbacks(0)
SDHF Newsletter No. 12
 独仏中合作映画「ジョン・ラーベ」は、4月2日ドイツで封切られ、4月28日には中国でも上映されています。人道主義者、南京のシンドラー、ラーベを標榜するこの映画は、ラーベ日記をベースとする亜ノンーフィクション作品を装っていますが、その正体はとんでもない代物です。
 30万虐殺が事実であった、と言うことを国際的に常識化するとともに、ナチ以下の残虐国家日本を印象付けようと言う狙いを秘めた作品であるからです。
 真実は、国際委員会の公式文書「Documents of the Nanking Safety Zone」が明確に記録しているように南京の人口は、減少したのではなく、増加していたのであり、また日本はドイツと防共協定は結んでいたが、「ユダヤ人差別せず」の国策によりユダヤ難民救済を行っていたということです。
 この事実を「史実を世界に発信する会」のサイトに掲載し、また海外の報道、政府機関、学者他多くの人に下記のメールを出したところです。日本語原文は
http://news-hassin.sejp.net/?cid=21208にあります。 事務局長 茂木

 Observation on the Film "John Rabe"

The German-French-Chinese film "John Rabe", directed by Florian Gallenberger, made its debut in Germany on April 2009 and its first showing in China took place on April 28.

If one’s perception of the film is that it is factually based, this is completely wrong.
At the end of the film, the endnote states “300,000 Chinese were massacred.”
However, John Rabe, in his Diary, never stated that he witnessed a single case of massacre at all.
“Despite the claim of 300,000 massacred, there is not a single witness to this alleged atrocity in Rabe’s Diary”: is this truly possible?

Anyway, you can better understand the background of Rabe’s involvement with the International
Committee for the Nanking Safety Zone and what really happened in Nanking through this essay.
http://www.sdh-fact.com/CL02_1/61_S4.pdf

Any questions are welcome.

Sincerely,

MOTEKI Hiromichi
Deputy Chairman and Secretary General
Society for the Dissemination of Historical Fact
| 事務局より | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0)
5月の集計
5月に頂いたご支援の集計です。

5月1日 W.K.様 10,000 個人会員
5月1日 T.K.様 10,000 個人会員
5月7日 A.Y.様 100,000 賛助会員
5月7日 I.J.様 10,000 個人会員
5月7日 I.T.様 10,000 個人会員
5月7日 I.R.様 5,000
5月7日 S.M.様 2,000
5月8日 K.M.様 10,000 個人会員
5月8日 T.I.様 10,000 個人会員
5月8日 I.S.様 10,000 個人会員
5月11日 N.K.様  10,000 個人会員
5月11日 H.H.様 10,000 個人会員
5月11日 E.A.様 10,000 個人会員
5月11日 S.T.様  10,000 個人会員
5月11日 S.T.様  10,000
5月12日 S.Y.様  100,000
5月12日 M.S.様  10,000 個人会員
5月12日 M.N.様  10,000 個人会員
5月12日 K.T.様  10,000 個人会員
5月12日 J.M.様  1,000
5月15日 S.M.様  10,000
5月18日 N.G.様  10,000
5月18日 K.S.様  15,000
5月18日 N.M.様  2,000
5月18日 S.T.様  3,000
5月19日 N.M.様  3,000
5月20日 S.M.様  10,000 個人会員
5月20日 S.M.様  10,000
5月21日 H.H.様  10,000 個人会員
5月21日 K.T.様  10,000
5月25日 N.M.様  10,000 個人会員
5月25日 K.T.様  1,000
5月26日 T.K.様  3,000
5月27日 H.H.様  30,000
5月27日 S.K.様  10,000
5月28日 E.T.様 10,000
合計 505,000

誠に有難うございました。
| - | 09:06 | - | -
4月の集計
4月の集計です。

4月3日 N.K.様 10,000 個人会員
4月6日 Y.Y.様 5,000
4月6日 S.M.様 60,000 個人会員
4月7日 M.T.様 100,000
4月13日 K.Y.様 100,000 賛助会員
4月13日 S.S.様 10,000 個人会員
4月14日 K.F.様 10,000 個人会員
4月14日 K.I.様 10,000 個人会員
4月14日 M.K.様 10,000 個人会員
4月14日 H.S.様 10,000 個人会員
4月15日 M.M.様 20,000 個人会員
4月15日 Y.T.様 10,000 個人会員
4月15日 W.G.様 10,000 個人会員
4月15日 O.K.様 3,000
4月16日 Y.S.様 20,000
4月16日 T.Y.様 10,000 個人会員
4月16日 U.S.様 10,000 個人会員
4月16日 M.S./Y.Y.様 10,000 個人会員
4月16日 S.S.様 10,000 個人会員
4月16日 S.M.様 10,000 個人会員
4月16日 M.K.様 5,000
4月16日 K.M.様 5,000
4月17日 N.T.様 10,000 個人会員
4月17日 O.K.様 10,000 個人会員
4月17日 U.T.様 10,000 個人会員
4月17日 K.K.様 10,000 個人会員
4月17日 I.Y.様 10,000 個人会員
4月17日 M.J.様 10,000 個人会員
4月17日 N.S.様 5,000
4月17日 H.K.様 3,000
4月20日 M.K.様 30,000
4月20日 S.M.様 30,000
4月20日 N.T.様 10,000 個人会員
4月20日 Y.K.様 10,000 個人会員
4月20日 I.R.様 10,000 個人会員
4月20日 I.J.様 10,000 個人会員
4月20日 I.S./K.様 5,000
4月20日 S.H.様 5,000
4月20日 H.T.様 5,000
4月20日 S.K.様 3,000
4月21日 Y.S.様 10,000 個人会員
4月21日 T.A.様 10,000 個人会員
4月22日 O.Y.様 10,000 個人会員
4月22日 N.T.様 10,000 個人会員
4月22日 A.M.様 10,000 個人会員
4月23日 U.M.様 50,000 個人会員
4月23日 T.Y.様 12,000 個人会員
4月23日 A.K.様 10,000 個人会員
4月23日 N.M.様 10,000 個人会員
4月23日 I.T.様 10,000 個人会員
4月23日 T.S.様 10,000 個人会員
4月23日 S.J.様 10,000 個人会員
4月23日 Y.S.様 5,000
4月24日 Y.T.様 15,000 個人会員
4月24日 M.E.様 10,000 個人会員
4月24日 N.A.様 10,000 個人会員
4月24日 N.S.様 3,000
4月27日 T.S.様 10,000
4月27日 I.K.様 100,000 賛助会員
4月27日 U.T.様 20,000
4月27日 K.K.様 10,000 個人会員
4月27日 O.K.様 10,000 個人会員
4月27日 I.Y.様 10,000 個人会員
4月27日 M.T.様 10,000 個人会員
4月27日 U.M.様 5,000
4月28日 O.K.様 10,000 個人会員
4月28日 K.H.様 10,000 個人会員
4月30日 K.K.様 10,000 個人会員
4月30日 K.Y.様 10,000 個人会員
合計 1,074,000  

誠にありがとうございました。
| - | 19:18 | comments(0) | trackbacks(0)
3月の集計
3月の集計です。

K.J.様 10,000 個人会員
S.T.様 5,000
T.S.様 50,000
K.T.様 10,000 個人会員
T.S.様 10,000 個人会員
N.T.様 10,000
B.T.様 5,000
S.K.様 10,000
M.K.様 10,000 個人会員
S.M.様 30,000
O.Y.様 10,000 個人会員
S.S.様 10,000
I.K.様 10,000 個人会員
O.T.様 20,000
N.S.様 3,000
T.S.様 10,000 個人会員
A.Y.様 5,000
J.M.様 1,000
B.T.様 50,000 個人会員
A.K.様 10,000 個人会員
H.K.様 10,000 個人会員
合計 289,000

誠に有難うございました。
| - | 19:17 | comments(0) | trackbacks(0)
2月の集計
2月2日 K.Y.様 60,000
2月2日 M.I.様 10,000 個人会員
2月3日 H.T.様 5,000
2月4日 T.T.様 12,000
2月4日 S.E.様 10,000 個人会員
2月4日 T.Y.様 10,000
2月4日 N.H.様 10,000 個人会員
2月5日 O.K.様 10,000 個人会員
2月9日 S出版Y様 100,000 賛助会員
2月9日 K.T.様 5,000
2月10日 H.K/Y様 20,000 個人会員
2月10日 K.K.様 10,000 個人会員
2月13日 K.T.様 10,000 個人会員
2月13日 B.T.様 5,000
2月13日 J.M.様 1,000
2月16日 K.M.様 12,000
2月17日 M.T.様 100,000
2月17日 O.H.様 10,000 個人会員
2月17日 F.G.様 10,000 個人会員
2月17日 T.S.様 12,000
2月18日 T.K.様 30,000
2月18日 S.M.様 30,000
2月18日 S.K.様 5,000
2月18日 N.S.様 3,000
2月19日 Y.Y.様 10,000 個人会員
2月19日 U.H.様 3,000
2月23日 I.M.様 5,000
2月24日 H.K.様 10,000 個人会員
2月27日 N.M.様 10,000 個人会員

合計 528,000
誠に有難うございました。  
| - | 19:14 | comments(0) | trackbacks(0)
1月の集計
平成21年1月に頂いた寄付の集計です。

1月5日 M.T.様 10,000 個人会員
1月5日 W.S.様 10,000 個人会員
1月5日 N.T.様 10,000 個人会員
1月5日 N.Y.様 10,000 個人会員
1月5日 N.S.様 10,000 個人会員
1月5日 Y.M.様 10,000 個人会員
1月5日 K.N.様 10,000 個人会員
1月5日 K.T.様 10,000 個人会員
1月6日 N.S.様 10,000 個人会員
1月6日 E.S.様 10,000
1月6日 T.S.様 10,000
1月6日 D.Y.様 5,000
1月7日 M.H.様 100,000 賛助会員
1月8日 M.S.様 5,000
1月8日 S.T.様 3,000
1月9日 H.S.様  200,000
1月9日 H.J.様 15,000 個人会員
1月9日 N.T.様 10,000 個人会員
1月9日 T.T.様 5,000
1月13日 K.M.様 10,000 個人会員
1月13日 K.K.様 10,000 個人会員
1月13日 O.E.様 5,000
1月13日 K.T.様 10,000 個人会員
1月13日 T.K.様 10,000 個人会員
1月13日 O.H.様 10,000 個人会員
1月13日 K.K.様 10,000 個人会員
1月13日 M.Y.様 10,000 個人会員
1月13日 T.M.様 10,000 個人会員
1月13日 K.N.様 5,000
1月14日 I.T.様 5,000
1月15日 S.M.様 10,000 個人会員
1月15日 K.K.様 10,000 個人会員
1月16日 T.H.様 10,000 個人会員
1月16日 W.M.様 10,000 個人会員
1月16日 G.N.様 10,000 個人会員
1月16日 T.S.様 10,000 個人会員
1月19日 W.S.様 10,000 個人会員
1月19日 T.N.様 10,000 個人会員
1月19日 T.M.様 10,000 個人会員
1月20日 K.T.様 20,000 個人会員
1月21日 S.M.様 30,000
1月21日 N.S.様 3,000
1月22日 H.R.様 10,000 個人会員
1月23日 K.T.様 10,000 個人会員
1月23日 K.M.様 5,000
1月26日 T.H.様 10,000 個人会員
1月26日 K.H.様 10,000 個人会員
1月26日 M.S.様 120,000 個人会員
1月26日 S.R.様 50,000 個人会員
1月26日 A.Y.様 10,000 個人会員
1月26日 O.E.様 10,000 個人会員
1月26日 H.N.様 10,000 個人会員
1月26日 T.K.様 10,000 個人会員
1月26日 Y.S.様 5,000
1月27日 K.E.様 12,000 広報委員
1月28日 T.K.様 2,000
1月28日 Y.H.様 20,000
1月28日 D.I.様 12,000 広報委員
1月28日 S.T.様 10,000 個人会員
1月28日 M.F.様 1,000
1月29日 A.T.様 10,000 個人会員
1月30日 I.Y.様 10,000 個人会員
1月31日 T.M.様 10,000 個人会員

合計 1,038,000
今月も多くのご支援を頂きました。
誠に有難うございました。
| - | 21:09 | comments(1) | trackbacks(0)